パチスロの歴史@

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パチスロの歴史@

このページではパチスロの歴史を○号機として紹介していきます。

 

◆0号機(1957年〜1985年)


一般的に0号機と呼ばれているのは、「新風俗営業法」というものが施行されて、保安電子通信技術協会によるパチスロの認定制度が確立される前までの機種を呼びます。★パチスロの始まりは米国のスロットマシーンが沖縄に持ち込まれたことが始まりと言われています。

始めはカジノやゲームセンターにあるようなスロットマシーンでした。巨大なレバーでリールを回し、自動でリールは停止していました。 また、成立ラインも1ラインや3ライン、5ラインと適当でした。

しかし、これは沖縄県内でのことであり、本土に持ち込むにはこの自動で停止するという、技術介入の余地が乏しい状況を変える必要がありました。

ギャンブル性のある遊技機では技術介入の余地がなくてはならないそうです。自らボタンを停止するといった行為など。

そして現在のパチスロの基礎が出来ることになりました。



*1964年、営業許可を得たスロットマシーンの登場

1964年、オリンピアによる初の営業許可を得たスロットマシーンが登場しました。ストップボタンにより、リール停止が可能なマシーンです。ちなみにこのころのスロットマシーン(0号機)は、完全に目押し可能でした。(リール回転スピードは現在のものよりかなり速かったため、目押し自体が困難だったそうです)

その後、メダル投入型スロットマシーン、REGボーナスゲーム有りスロットマシーンが登場してきました。



*1980年、パチスロの登場

1980年パチンコ型スロットマシン、つまりパチスロが登場しました。
パチンコ型スロットマシーンとは、すでにあるパチンコ店に導入しやすいよう、形状をパチンコと同じに箱型に模ったスロットマシーンの事です。
そして、この頃BIGボーナスゲームも取り入れられました。これが現在、日本のスロットマシーンの原型と言われています。

 

 

◆1号機(1985年〜1987年)


1982年(昭和57年)5月、(財団法人)保安電子通信技術協会が設立されました。そして1985年2月に、新風営法が施行され、この中にパチスロの営業法が含まれます。ただし、名称はパチスロではなくて、回胴式遊技機。
そして、保通協が同年同月、国家公安委員会から遊技機試験及び型式試験の指定試験機関として指定を受け、パチスロの認定制度が開始されました。

この検定に合格したマシーンが1号機となったのです。



*パチスロ店内の状況

そして複数のパチスロがホールに設置されていきました。

そしてパチスロの設置数が増えると同時に、ボーナスが連続して出やすくなるように基盤を改造したり、メーカの基盤不具合をつくような攻略法が多く出回わってきました
。理由の1つには、この頃の基盤は、各メーカ独自の仕様で作成されていました。

 

 

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最終更新日:2017/7/13

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